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東京高等裁判所 昭和61年(う)513号 判決

本店所在地

東京都品川区西五反田一丁目二六番七号

カノウビル四階

豊機商事株式会社

右代表者代表取締役

鄭徳周

国籍

韓国

住居

東京都品川区上大崎四丁目五番二六号三-四〇五

会社役員

鄭徳周

一九一九年一二月一三日生

国籍

韓国

住居

埼玉県上尾市柏座三丁目七番一六号

会社員

鄭載図

一九四二年二月二八日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六一年二月二〇日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官土屋眞一出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人坂田桂三名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官土屋眞一名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、本件事案は、被告会社は遊技場(パチンコ店)等の経営を目的とする株式会社であり、被告人鄭徳周は被告会社の代表取締役として同社の業務全般を統轄しているもの、被告人鄭載図は被告会社の取締役として同社の営業全般を統轄していたものであるが、被告人鄭徳周、同鄭載図の両名は、共謀のうえ、被告会社の業務に関し、昭和五五年一二月一日から同五七年一一月三〇日までの二年度にわたり、いずれも欠損で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の申告書を提出し、二年分で合計五、四二九万七三〇〇円の法人税を免れたという事案であるところ、対象年度の二年間の逋脱率はそれぞれ一〇〇パーセントと最高であること、税金を全額免れ、かつ金融機関から信用を疑われない程度の欠損金を計上した申告をすべく、被告人鄭載図において、毎日閉店後日報表作成に際し、コンピューター導入前は、各玉貸機のメーターの数値を集計するなどして実際の売上高を把握したうえ除外金額を決定し、公表分として除外後の売上を記載した日報表を作成し、売上管理用のコンピューターを導入した昭和五六年一〇月以後は、実際売上高をアウトプットした後、売上除外額を決定し、さらにコンピューターを操作して売上除外後の公表売上高をインプッ卜し、この数値の印字データーを貼付して日報表を作成し、実際の売上高を印字したデーターはその場で破棄していたもので、所得秘匿の不正手段、態様は、計画的、継続的で、巧妙であったこと、売上除外率も昭和五六年一一月期約一〇パーセント、同五七年一一月期約一三パーセントであったこと、本件の動機のひとつに、被告会社の経営するパチンコ店の設備投資のために使用した被告人鄭徳周名義の借入金を返済するにあったものの、税理士の指摘により、被告人鄭徳周名義の借入金をすべて被告会社の借入金として計上し、簿外資金による返済の必要性が解消した昭和五六年一二月一日以後も、前にも増して高率の売上除外を継続していたこと、売上除外の目的には右の借入金の返済のほかに、被告会社の運転資金、被告人らの他への貸付金、株式購入、不動産購入、海外旅行費用などに充てる裏金を作るためもあったこと、被告人らは本件にかかる税金中、昭和五六年一一月期分の本税と同五七年一一月期の本税の一部を支払ったのみで、その余は分納中であるものの、いまだ完納していないことなどを総合すると、その刑責は相当重いといわなければならない。

ところで、所論は、本件後に改正され新設された風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和六〇年法律四五号、八九号)八条二号、四条一項二号は、一年以上の懲役に処せられた者に対し、その風俗営業の許可を任意的に取消すことができると規定しているうえ、本件は右規定の新設前における行為であるにかかわらず、行政庁の実際の運用方針は、一年以上の懲役に処せられたことをもって必要的許可の取消事由とし、かつ、事後の改正法によっても営業を取消すことができるとする実情にあり、被告人らが一年以上の懲役に処せられると、被告人らの遊技場(パチンコ店)の営業が取消されることが現実的に予想され、被告人ら及びその家族、被告会社の従業員の生活権が奪われることになるので、このことを斟酌して懲役の刑期を短縮されたいというのである。しかしながら、同法は清浄な風俗環境の保持と風俗営業の健全化を図るため、風俗営業の人的欠格事由を整備したものであって、右規定の運用と脱税事犯の処罰規定とはそれぞれの法の趣旨、目的に照らして適用され、運用されるべきであり、したがって、所論の行政処分は脱税事犯の処罰いかんを踏まえて適切に行われるべきであって、右のような営業上の人的欠格事由の規定があり、その適用を受ける虞があるというだけで、風俗営業者の脱税事犯を他の者より軽く処断するとか、一年を越えない懲役刑に処すべきであるとすることは、本末を転倒するもので妥当でない。所論はまた、昭和五七年一一月期の減価償却費のうち二〇、七二三、一五二円を否認されたが、右評価の仕方に誤りがあったとしても、被告会社が全く存在しない減価償却資産を計上評価したものではないと主張するが、申告減価償却資産の中には現実には存在しない架空のものや、減価償却資産とならないものが含まれていることは事実であり、これらをも減価償却資産とすることによって法人税を逋脱した点は、被告人らに不利な情状といわねばならない。さらに所論は、被告会社は国税庁による修正申告の指示を受け、別途利益としてその指示通りの金額の修正申告をしたが、その中には造作設備に関する減価償却額を二、九〇五、四八四円過少に見積って修正申告させられたため、同金額相当額が課税の対象とされてしまったが、かような国税庁の不適切・不必要な修正申告の指示、課題に課税されたことも情状として斟酌されたいと主張するところ、本件においては、当初から検察官は造作設備に関する減価償却額につき、二、九〇五、四八四円が算入不足となっているとしてこの分の損金算入を認めたうえで昭和五七年一一月期の実際所得金額を算出し、これをもとに公訴事実を構成して公訴提起をしており、刑事裁判としては右公訴事実を対象として審理・判断し、刑の量定をすることになるのであって、所論指摘の国税庁の修正申告の際の指示内容の是非、課税対象の過大等は国税庁との関係での行政の問題であって、これらをもって本件量刑上被告人らにとって有利に斟酌すべき情状としてそれほど大きく斟酌することはできない。

そうすると、今後は被告会社において正常な会計処理と会社運営がなされて行く状況にあること、被告人らが本件を十分に反省し、再び脱税行為に出ないことを誓約していること、免れた税金や重加算税に等について未だ完納していないものの、支払延長の申請をして、分割支払の履行中であり、国は被告人ら所有の不動産に対し抵当権を設定し、支払を確保していること、被告人鄭徳周、同鄭載図はこれまで真面目に働いて来て、それぞれ古い罰金刑が各一回あるほか処罰歴はないこと、その他所論の被告人らのため有利な諸事情を斟酌しても、被告会社に対し罰金一七〇〇万円(逋脱税額に対する罰金額の割合は約三一・三パーセントにあたる。)、被告人鄭徳周、鄭載図の両名に対し、それぞれ懲役一年、三年間の執行猶予に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 森岡茂 裁判官 朝岡智幸)

○ 控訴趣意書

被告人 豊機商事株式会社

被告人 鄭徳周

被告人 鄭戴図

右の者に対する法人税法違反被告事件の控訴の趣旨は、次のとおりである。

昭和六一年五月十二日

弁護人 坂田桂三

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、刑の量定が不当であり、刑事訴訟法第三八一条の事由がある。

第一 原裁判所は、

一 被告人豊機商事株式会社を罰金一七〇〇万円、被告人鄭徳周を懲役一年に、被告人鄭戴図を懲役一年にそれぞれ処する。

一 被告人鄭徳周、同鄭戴図に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

との判決を言渡した。

しかし、判決は、本件事実に照らして重きに過ぎ、刑の量定が不当であると思料する。

第二 すなわち、原判決は、本件公訴事実後に、改正され新設された「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(昭和六〇年法律四五号、八九号)第八条第二号、第四条第一項第二号に該当することになり、被告人等は、同法の適用により、その営業する遊技場(パチンコ店)の営業の許可の取消を余儀無くされることになる。このため、被告人会社の従業員、被告人等及びその家族の生活権が奪われる結果となる。

右法律の改正前の「風俗営業等取締法」は、行政処分に関しては、公安委員会は、風俗営業を営む者その他関係人が、当該営業に関して、法令または条例に違反する行為をした場合、善良の風俗を害する虞れがあるときには、営業の許可を取消し、あるいは、営業の停止を一定期間を定めて命じ、また、善良の風俗を害する行為を防止するために必要な処分をすることができると規定するにすぎなかった(第四条)。

しかしながら、昭和六十年の改正法は、公安委員会は、風俗営業の許可を受けた者において「次の各号に掲げるいずれかの事実が判明したときはその許可を取り消すことができる。」として、「第四条第一項各号に掲げる者のいずれかに該当していること。」を対象としている(第八条)。

そして、同法第四条第一項第二号は、「一年以上の懲役若しくは禁錨刑に処せられ・・・・・その執行を終り、又は執行を受けることがなくなった日から起算して五年を経過しない者」を挙げている。

右規定は、いかなる犯罪行為に基づくものであろうとも、一年以上の懲役若しくは禁錮に処せられた者に対して、その風俗営業の許可を取消そうとするものである。改正法は、営業の許可の取消を公安委員会の意思に委ねているように、任意的に規定しており、必要的な営業許可の取消としての規定をしていない。しかし、被告人等の営業する遊技場を管轄する埼玉県公安委員会は、右改正法の運営において、厳格にこれを適用し、懲役若くは禁錮一年以上の言渡を受けた者に対する営業許可の取消については、原則として必要的に、取り消すという方針であるとの見解を示している。

従って、本判決によって、被告人等の経営する遊技場の営業許可が取消されることは必至であり、避けることは困難な状況にあり、被告人等にとって、極めて厳しい判決ということになる。なお、被告人等は、経営する遊技場を条件が良好であれば営業継続のまま譲渡して、他に生活の途をさがし、本件税金を納入しようと検討しているが、その以前に営業の許可が取り消されれば、これも困難となる。

なにとぞ、次のような情状事実を斟酌され、刑の量定を軽減されますよう陳述いたします。

第三 (一) 本件は、検察官が冒頭陳述において主張しているようにその形態は「売上除外によって被告会社の所得を秘匿した上、法人税を免れようと」したものであるが、本件売上除外の方法による脱税の主たる目的は、被告会社の経営するパチンコ店の設備投資のための借入金を返済することにあった。

被告会社の代表取締役である被告人鄭徳周は、昭和五二年十二月二四日から個人名義でパチンコ店「東洋会館」を開店し個人で同店を経営していたが、同五三年一二月二十一日にこれを法人成りさせ被告会社を設立し、併せて、同年四月からは、長男である被告人鄭戴図を呼び寄せ、共同経営をするに至った。被告人鄭徳周は、個人名義でパチンコ店を経営するについては、自己の所有する土地及び建物を使用したのであるが、店舗の改装、機械その他の設備について、自宅の売却代金のほかに、個人人として信用金庫から約二億円を借入れ、かつ法人化した後も法人に信用がないため個人名義にて更に一億円を借入れて被告会社の経営するレストラン及びマーヂャン屋の設備投資を行い、更に銀行から約二億円借入れ(但し、内一億円は歩積として定期預金にしている)て被告会社のために費消したため、本件当時は、合計約四億円の個人債務を負担していた。

そして、被告人鄭徳周は、後記のように経理の専門家でない者に設立および設立時における会計処理を委ねたため、これら被告会社のためにした個人名義の借入金について、また、これら借入金にて設備した資金について、法人化するときて負債及び資産として被告会社に承継させる手続をとらなかった。また、会社設立後の借入金、設備についても従来通り個人債務とし、これら借入金で購入し設備した資産を会社の資産とせずに、従って、減価償却などせず、反面において、被告会社に対して、右借入金の返済を利息についてさせ、被告人等所有名義の土地建物の賃料を受領しない代りに同不動産に課せられる固定資産税を負担させていた。

すなわち、被告人鄭徳周が検察官に供述しているように「借入金及び支払利息を法人分と個人分に区別した上、計上するか、あるいは、個人経営当時の全ての資産、負債を会社に引継ぐかのいずれかの方法を取るつもりでいたが、そのいずれにするか決めないまま」会計処理を行ってきた(被告人鄭徳周の昭和六十年五月七日付検察官調書)。

このため、被告人等は、右多額の個人借入金の返済に苦慮することになり、被告人鄭戴図は、かねてから被告人鄭徳周から「会社の資金が都合つくようになれば、この借入金の返済を、会社の方でやってもらいたいと言われており、この借入金の元本返済に充てる金などを捻出する目的で、売上除外を始めた。」ものである(被告人鄭戴図の昭和六十年五月二七日付検査官調書)。そして、被告人等は、このような売上除外による裏資金により毎月約三〇〇万円乃至四〇〇万円の借入金を返済していた。

このように、売上除外をするに至った主たる目的は、右借入金の返済にあり、附随的に、業界に於ける競争が激しいことから弾力的な運営資金の確保も意図していたものである。

(二) 被告会社においては、計理士の事務を手伝っている者に、会社設立及びその後の会計処理を委任したが、昭和五六年十一期分からの計算については、税理士をむかえて会計処埋をすることになったところ、税理士から前述のような金融機関からの借入金を被告会社の負債勘定に計上しないで、被告会社において利息のみを経費として処理しているのは、おかしいと指摘され、昭和五六年十一月期の翌日たる十二月一日から、資産の部に出資金、什器備品、造作設備を、負債の部に右借入金を計上した。被告会社においては、昭和五七年十一月期において、結局、これまで資産として計上されていなく、従って減価償却経費とされていなかった造作設備、什器備品、機械装置、車輛運搬具を「減価償却資産」として計上したが、これまで減価償却をしていなかったことと、右借入金に相応する資産の計上が念頭に存したため、右資産を現在の評価価額でなく、新品同様に近い価額、すなわち、現在において購入し、あるいは設置した価額に近い価額で評価したものである。このため、今回、国税局から昭和五七年十一月期の減価額を二〇、七二三、一五二円否認されたものであるが、これら減価償却資産は、その計上と評価には、国税局と相違があり、特に評価については現在評価額とする国税局の見解が正しいのであるが、右被告会社が計上した資産は税理士が立会い確認の上、計上したもので、被告会社に全く存在しない減価償却資産を計上し、評価したものとは異なるものである。そして、此の度国税局の指導により、前述の拘束されている一億四千万円の定期預金については、被告会社の定期預金として資産の部に計上されるに至った。

本件においては、仕入商品三、四八二、〇〇〇円が否認されているが、これは別会社たる豊機企業株式会社が使うべき鉱物を被告会社において会計処理したものである。被告人鄭徳周が検察官に供述しているように豊機企業に対する貸付金として処理するか、または、被告会社が仕入れたのであるから豊機企業への売却手続をとり売掛金として処理する必要があったかと思われるが、会計処理の杜撰、不明朗に起因するものの、この会計処理は、積極的に所得の減算を目的として処理したものではない。

(三) 本件において売上除外金の使途は、国税局の指導と調査により、明確にされ、売上除外によって形成された預金、有価証券、貸付金、取引益等は、すべて被告会社の資産として組入れられて回復されており、また、売上除外金を会社の運転資金として使い、これと関連して被告人等から被告会社が借入れたとされて会計処理していたものも抹消されており、今後は、税務署及び国税局の指導によって、被告会社においては、正常な会計処理と会社の運営がなされてゆく状況にある。

本件は、被告人鄭戴図が借入金返済の必要などから自己の判断で売上除外を開始し、約十カ月後に被告人鄭徳周に対して売上除外をしていることを告げたもので、被告人両名の計画的共謀に基づくものではない。しかし、金融機関からの個人借入金が総て被告会社の会計に受入れられ、簿外費金による返済の必要が解消された後も、売上除外を継続していたもので、これは決して必ずしも随性的なものとは言えず、責められるべきところがあり、被告人等も責任を痛感している。ただ、本件においては、会社の会計処理が法人化する際の処理を含めて粗雑であったことなどから借入金返済の必要などのため、売上除外に迫られたところがあり、また、国税局の調査と指導によって、従来は計上されていなかった経費が認容されたり、本件公訴事実に関しても不必要に修正申告の指示を受けたため、冒頭陳述書添付「ほ脱所得の内訳明細」番号七の減価償却費中、差引是否認額二、九〇五、四八四円が課税の対象とされる等、不必要また、過大な課税されたと伺える部分もある。

(四) 被告人らは、現在では自己の行為を充分に反省し、責任と罪の重大さを自覚し再び本件のような行為に出ないことを誓約していることから再犯の虞れはないものと思われるし、また、免れた税金及び重加算税については、支払延長の申請はしているものの支払計画に従って真摯な態度で支払をしており、国は被告人両名の所有する財産に対して抵当権を設定し支払を確保する方策を得ていることから完済され、国の被害が回復されることは、ほぼ確実である。

被告人等は、この種前歴はなく、改俊の情は顕著であり、永年にわたり真面目に日本において生活し、日本と韓国との親善に貢献してきた事情にある。

第四 以上の事情を考察され、懲役刑の期間を軽減され、また、特に、被告人、鄭戴図には更生の機会を出きる限り早期に与えられるように配慮下さり、刑の執行猶予の期間を、短縮されるよう陳述する。

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